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Thursday, September 27, 2018

日本の夏、マレーシアの夏。




ここは一年中夏で、日本とおなじ夏でも違う夏だ。



なんか言っていることが矛盾しているけど、早い話が、たとえ気温が同じでもここにいて感じる夏と日本にいて感じる夏とでは違いがあるということだ。




日本では、毎年やって来る夏の伝統、歴史から教えられるもの、8月夏休みの宿題やら蚊取り線香のにおい、夜風も入ってこないけど網戸だけで寝る夜、そこから月明かりが見えること、鈴虫が鳴いていること、灼熱のアスファルトと正反対の黒い影。
テレビでやたらと多い怪談話と甲子園、花火、海に行くと浮き立つ友達、地元のお祭り、ジトッとした湿気、お盆、お墓、提灯。


これらを言葉に示すと情緒と言うのだろう。



その場にいると小さい時から生きている風習の中で、暑い夏になると必ず同じようなことを条件反射的に思う。



特に、8月は父の命日も加わった。

亡くなった人のことを思い出したり、死ぬということについて考えるようになる。

眩い青春や若過ぎるゆえに起こる何か不安な気持ちを片隅に、強い日差しのなかに明るく熱いものと、そうでないものが、いっしょに感じられる、しみじみ、でも一瞬で終わってしまう真夏の季節だ。



でももうすぐ10月になろうとしている。
日本の夏は本当に短い。
あっという間に終わってしまう。
ここはまだ夏なのに。

Sunday, July 29, 2018

心の優しいムスリムと時として不寛容な自分に混乱する頭の中





イスラム国家マレーシア。

中東に勉強と題して帰ってくる頃にはテロに染まってくる者、
人から間違ったイスラムを洗脳される者、

物事というものは、なんにつけ乱用される物で、ネガティブな要素は何処の国でもある。

ましてや過激派組織によるテロが世界各地で起き、イスラムイメージを「テロばかりしている暴力的な宗教」「理解不可能」「厳しい宗教」といったイメージで捉えられてしまうのは仕方がないことかもしれない


でも一方で、多くの人がイスラムに改宗している。
あの有名人が、あのミュージシャンが、とよく聞くではないか。
2050年には世界の3人に1人がムスリムになると予測されている。

そんな「負」ばかりの宗教なら、これほど信者が増え続けるわけがないだろう。



基本的にイスラムそのものの教えは「平和」で、穏やかだ。
道徳や規律が乏しかった大昔、それら教えを人間のモラルとして、そのルールに沿った生活をしていくというのは、もっとも自然だ。

そして、とりわけ人間愛的に言うと、「女性を大切にし、貧しい人、お年寄りなど弱者にとてもやさしい」宗教なので、とくに家族を大切にし、親には最も優しく、その土地に不慣れな旅人にも優しく、恵まれない人にも進んで助けたり、寄付をしたりする。
暖かく、緩やかだ。

もちろん、旅人に親切な人なら世界中のどこにでもいるだろう。
しかしイスラム圏は、親切な人の割合も、親切の度合いも、他とはくらべものにならない、見返りのない優しさが伝わってくる
自分たちが持っているものを分けるだけなのに、自然体だ。


イスラム国でも実際暮らしてみるともちろん
これだからマレー人はさあ、、、」と愚痴の10は出る。

食事だったまとめて沢山作って、おおらかで、のほほんと構えているのを見ると、「こんないっぱい作ってさあ、残って捨てるようになっらたもったいないじゃん、なんでもっと計算して作んないのー?」とか、

クリニックでは先生はちゃんと患者を見てるんだか見て無いんだか、受付の3人の子たちたおしゃべりに夢中で、薬を待っているのに動こうとしない

ゴミ焼却炉の鉄ドア注文を引き取りに行ったらまだできていないし、土曜日と言われて行ったらしまってるし、月曜日に行ったらまだ出来てないし、「土曜日閉めるなら何故電話一本よこさない?」と文句言ったところで何も出てこない。
エトセトラ、エトセトラ。。。

真剣に打ち込んでない、仕事にしろ何にしろ、無駄な時間をヘラヘラしているのが気に触ったり、ダラダラにイライラしたり。

虫の居所が悪い時なんかたまにそんな悪態をわざとつきたがる一方の自分もいたりして、能天気で悪気がない彼らを見て、自分自身で精神的に混乱をくりかえす
  

そので、こんな優しさに出くわすとさらに頭が混乱する。

先日、小さなお店で買い物をしていた。
結果を言ってしまうと、レジでお金が足らなかった。
カンコンとエビ、テンペ、パンを買ったら数リンギ分、ちょうどパンの金額分が足らなくてパンを買わずに戻そうとした。
そうしたら私の次に並んでいる男性がパンの代金分を支払ってくれたのだ

見も知らぬ人にそんな親切にされて
思いは複雑。。。



イスラムの6行のうちに「ザカート(喜捨)」があり、1年に一回一定額を、「恵まれない人に寄付をする」というものがある。
うちの主人も熱心だ。
国のザカート基金では国民から預かったザカートを主に孤児院などに寄付をしている。イスラム教徒の教えでは義務となっており、困った人を助ける義務が常にある。
一方で、自分が裕福になるには、まずは人に与えるべしという「give & get」、貧しい人に差し出すことによって、社会に還流、ゆくゆくには自分にも倍になって戻ってくる事を信じている。

なにはともあれ、 

幼少時から大家族や近所の密接な関わり合いの中で、ギスギスしない人間関係の中で育つうち、「人といるのが楽しい」というあまり気遣いをしない、ゆるい感覚が形成されていくのかもしれない。



Saturday, July 14, 2018

「ピープルパワー革命、新時代に突入したマレーシア」








マハティール首相が93歳で返り咲きを果たし、歴史的に60年ぶりの政権交代が完了した。


多くの国民がいかにナジブ時代に嫌気を感じ、このままではいけないと一丸になった結果が今回の勝利だった。
この勝利には、SNSは最大の一躍を買っている。

SNSが利用できたからこそ、国民は真実を知ることができ、一致団結ができたのだ。




政治から一度足を洗った彼が、独裁開発指導者としてではなく、愛する自国の将来のために最後の力を振り絞って民衆のために立ち上がった。
歴史的な政変をここで起こす事が出来るのは彼しかいない、とみんながみんな公言していた。しかし建国の父93歳高齢なために、これまで崩れ掛かったマレーシアを早く再建しようとがんばっている。

「マレーシア人のマレーシア」として、民族的に中立の政府と国づくりを目指す。





現在、ナジブ元首相を牢獄に追いやる過程で、その他にも大きなムーブメントがおこりつつある。
それは、「マレー人の特別な地位」と「サルタン制度 」の懸念だ。

マレーシアには、「マレー人の特別な地位を非マレー人が受け入れることと引き換えに、非マレー人の権利をマレー人も尊重する」という建国以来の「社会的な合意」がある。これに則って、例えば国の主要な役職はマレー人が占める慣行だった。

しかし、新政権は民族に関わりなく有能なマレーシア人を登用する意向で、この慣行をなくしていくと見込まれる。今後、警察と軍のトップ、最高裁判所長官、中央銀行総裁などにもこの動きが及ぶ可能性がある。マレー人の地位という聖域が揺るいでいるのだ。

ここ最近マハティール首相は、早速も政府の最高法務官の職にインド系のキリスト教徒を指名している。
そして、マレーシアの国王とサルタンたちだ。

 ルタンは、イスラム教とマレー人の地位の擁護者であると憲法に規定されている。しかしここ最近になってから各州ルタン国王のために莫大な公費が使われており、その贅沢な生活ぶりが金額を挙げて指摘されている。9つの州のスルタンたちと、彼らの間の持ち回りで5年ごとに変わる国王にどのように向き合い対応するかだ。



マハティール首相最近の日本訪問で、日本の皇室の質素で庶民的な生活ぶりを賞賛し、また新たにマハティール氏の新政権は、彼の前回の政権を踏襲して「ルックイースト政策2.0」を掲げている。とりわけ、日本人の高い倫理観と恥を知る文化から学ぶことをマレーシア国民に呼びかけている。



Sunday, April 15, 2018

The worst and dirtiest election in Malaysian history will held in May.





2018史上最悪のダーティーな選挙

かつて新聞にマレーシア関連ニュースを書いていた頃は、国内政治に関してもホットなニュースを追わなくてはならないし、またそれは関心事だった。
この歳ほどにもなると、世の中でどんな事が起こっているか関心は薄れて結構どうでもよくなる。もちろん、将来子供や孫、そして代々(続けば)、そして人間社会を取り巻く環境は悪いより良い世界の方を願っているし、そうなるべき社会に向かってどう進むのかを見守る


4月7日に国会が解散されて、いよいよ選挙に突入するマレーシア。
最近興味は薄れたとはいえ、周りのマレーシア人にとってもこれほどの関心が高いトピックはないし、もうどこもかしこも選挙に向けて浮足立っているので、否応が無しに事態をフォローするようになる。


5年に1回実施の総選挙。
今回の選挙事実上マレーシアの運命を極端に分かすほど、歴史的に60年ぶりの政権交代が期待される選挙なのである。
そして一対一の与党(ナジブ現首相)と野党(他党が団結してマハティール元首相をリーダーとする)の対決だ

みんなあんまり細かい事は言いっこなしの状況に来ている
どこの党が、また誰が当選すれば、その地域にとってこのような 良い事が生み出される、などと言っている次元の場合ではないのだ。

ナジブが再度続行するのであれば、マレーシアという独立国家はなくなると思う。これからもこれまでのように好きなように不正を働き続け、首相の座死ぬまで永久という新法案を作り出すという。



一方で、建国の父といわれる92歳のマハティール。歴史的な政変をここで起こす事が出来るのは彼しかいない、とみんながみんな公言している。

政治から一度足を洗った彼が、独裁開発指導者としてではなく、愛する自国の将来のために最後の力を振り絞って民衆のために立ち上がった。



まずこれまでのナジブ

本人も公言している国際的なスキャンダル
ナジブ一族が関わる政府系ファンド1MDBの巨額公的不正流用疑惑。(これにはディカプリオやミランダ・カーも巻き込んだ米国司法省が民事訴訟を起こすなど世界の6カ国以上で捜査が進められている)
中国マネー獲得のために、マレーシアの外資認可規制を無視し、中国にどんどん身売りしている。マレーシア国産車の「プロトン」の中国企業への身売り、インフラ整備に伴中国政府から巨額の債務、中国人のための4つの人工島が作られ、マレーシアの最も価値のある土地の大半が国人に専有されそれらは外国の土地同様になる。これはすべて、自分の犯した巨額公的不正流用を埋めるためだ。しかし、マレーシア国内は中国の影響力が増大し、国内企業は衰退の一途を辿だろう。

 

そしてここへ来て選挙対策にナジブは、
公務員の給与所得値上げBR1Mなどのバラマキ公約。
与党に有利な選挙区割りの法案改定
マレーシア政府は1MDBについてはフェイクニュースと定義づけて、メディア封じ込めの反フェイクニュース法案強行採決。
マハティールが代表を務めるマレーシア統一プリブミ党への締めつけを強化。 書類不備30日間の活動停止を言い渡した。

選挙日は、59日の水曜日。
ナジブの都合とか、週末は不公平とか(イスラム州が金曜日が休日だから)、過去も平日が数回あった、とか言われていて実際なんで平日になったかわからないが、この日選挙日は急遽休日になった。

もしこれで、野党が勝ったら、このまま水曜日から日曜日5日間の連休になるとも。。。

Saturday, July 22, 2017

Who is the first around world by sea voyage anyway??



 



 マラッカというと、 14世紀末15世紀初頭香辛料を中心としたマラッカ海峡貿易を基盤とするマラッカ王国の全盛であった歴史が有名だ。
 中国、中東、そしてインド、ヨーロッパから貿易のために多くのビジネスマンがマラッカに上陸して、その後植民地時代となった。

 こうした背景があるために、マラッカには当時に関する多くの歴史的博物館や資料館があるが、街をフラッとするだけでも、色々な文化が融合した雰囲気が未だに残っているので、観光地としてはとても楽しめる。
 また、ユネスコ文化遺産地域でもある。

 数多い博物館の中でも、ジョンカーストリート近辺にある「海洋博物館」と「チェンホー博物館」。
 すべて徒歩圏内だ。
 「海洋博物館」では、「世界航海一周した人は、本当は誰だったのか?」が展示されている。一般的に知られている、初めて世界 一周航海を果たした人物といえば大方がマゼランと答えられるに違いない。
 マゼランがスペイン艦隊の指揮を取ったリーダーであることは言うまでもないが、実はマゼランは世界一周を果たす事なく、セブ島で戦死している
 同行記録者によると、マゼラン死後、彼のごひいきであった奴隷翻訳者である、マレー系のアワン(英名エンリークEnrique)という人が船の指揮を再び取って、スペインに帰港したという話がある。
 西洋びいきなのか日本でもあまりこの人の名前は聞く事がないが、この海洋博物館では、彼の銅像までもしっかりと見る事が出来る。
 この海洋博物館にはエントランスで日本語の説明が聞けるガジェットをRM3(約75円)レンタルする事が可能だ。

 もうひとつの「チェンホー鄭和博物館」。
 ここでは、人類で初めて世界一周の航海をしマゼランよりも100年ほど前中国人の艦隊が世界一周していたというチェンホーのストーリーがある。
 人類で初めて世界一周をしたのは実は中国人だった、という調査結果をイギリス人の研究者が発表し、論争を巻き起こした。
 明朝時代の朝廷に使えていた大臣級の有力者鄭和の艦隊は1405
1433年に7回の遠征を行い、最盛期には300隻以上の大編成で航海していたと伝えられている。
 鄭和は、天体の角度を測定する装置六分儀を使って自分達の船の位置を記録しながら航海していたらしく、その「六分儀」測定方法の詳細が、博物館では見る事が出来る。文献によると、船の大きさはコロンブスやマゼランと比較して30倍の大きさで、中国では10世紀、すでに造船技術そのものがヨーロッパよりかなり進んでいたらしいのだ

西欧文明が世界史を支配するようになっから、「人類初の偉業はすべて西洋、ということが「常識」になっているが、私は、50年後くらいには歴史はアジアの偉業に塗り替えられる日もそう遠くはないと 思っている。














 


Tuesday, June 20, 2017

A Sleepy month



いけないと思いつつも、断食中はあまりの早い朝の食事の後、まだ暗いし、早すぎるので二度寝してしまう。でも横になっていると、暗いのに、決まって同じ時間に色々な鳥達の鳴き声が一斉に響き渡る。
それを横耳にウトウト。。。

夜は寝るのが1時くらいで朝早いので、慢性の睡眠不足のような感じが続く。これで、何処にも出かけない日は、ちょっとでも昼寝をしてしまったら、また夜も寝れないと言う悪循環だ。


Monday, June 19, 2017

Donations and Zakat in Malaysia.



断食の時期といえば、もうひとつ。この時期の寄付は何処もかしこでも頻繁に見る。

もちろん、イスラムの六信五行の中のザカート(喜捨)はマストなので、モスクやショッピングモール、スーパーの中でも容易に支払う事が出来るようにカンエキカウンターが設けられる。
ショッピングに行った時、カウンターを見かけたお父さんが、家族の人数分を支払う(寄付)することが出来ると言う訳だ。

価格の設定というのは、その国々でのお米何グラムからの値段が設定される。ちなみに今年のザカートは一人RM7.00だった。

その他にも、一般年収の税金とは別個に、年収や財産、貯金などを合わせてその何パーセントかを支払うザカートもある。これはマストではない。

しかしうちの主人のように「与えれば、その倍が自分に返ってくる」ということを100%信じている人はザカートだの、モスクの建て回しの寄付だの、なんだのとそんな話が始まる。

マレーシアでも、政府に支払ったザカートをきちんとまわされるべき孤児院やその他のイスラム関係の用途にまわさないで、どこかに消えてしまうと言う話もあるので、公的な機関への支払をためらう人も結構居るようだ。
それならきちんと目に見える、自分の地域や村内のモスクの修理やリノベーションなどに直接寄付をした方がいいというわけだ。


断食もあと数日あまり、今年はさらにより良い食事を心がけて来たので、余分な脂肪がちょっと取れて、ちょうど良いデトックス効果もあったとおもう。
断食月のあとは、毒素だなあ、パンの食べ過ぎかなあと感じる原因である痛み、関節節々の痛みなどがすっかりなくなる。


Sunday, June 18, 2017

7days to Hari Raya

 

今日で断食もあと7日あまりとなって、世間ではそろそろハリラヤモードに入って行く。こうなるとみなさん、お仕事どころではなく、うきうきとそぞろに浮き足たってくるのだ。


毎日30度を超す熱さだけれども、雨も毎日に本格的に降っており、止むとカラッと晴れる。


オーガニックファームのプロット一部では今レモングラスがわさわさと収穫時期なので、ちょうど良い、ハリラヤではどの家でもレモングラスを沢山使用するので、「売る」じゃなくて、村にお裾分けをする事に。


先日植えて、もう少しで食べられると思ってた空芯菜も、菜の花の葉も、ちょうど新芽の段階で、ブルース達に全部食べられてしまった。きちんと専用の食事は与えているので、特にお腹をすかせた訳でもないし、これまで野菜類は食べた事がなかったのに、なんでだろう、、、謎だ。


なので、空芯菜と菜の花の葉は、鉢でほんの少し残っているだけ、そして今アングルビーンが育っている途中だ。
うこんやショウガ、バジル、チリもすくすくと育っている。




Saturday, June 10, 2017

The national museum




仕事がらみで先日国立博物館に行ってきた。

国立博物館は、子供達がまだとっても小さかった頃、計算すると約23年前くらいに行ったきりだ。
クアラルンプールではおなじみの観光地となっているものの、他国の威厳ある博物館と比較すると、規模は小さく、お粗末なデコや、国立たろうものが風格は全く感じられない。
 という具合でも、23年前のマレーシアなのでゆるせたというわけだ。



さて、今回行って何か変わったのだろうか?

結構年追うごとに改装などがあったようだが、全体的には何も変わった印象はなく、ちょっとがっかり。

売店もガラクタ、コンビニを一色多にしたよう。博物館の書籍さえなくて、ポストカードや関係のない雑誌類があった。
まだイスラム美術館の方が立派かもしれない。 
マレーシア国立博物館の敷地内には、もう一つマレーシア土着民族博物館がある。
マレーシアの歴史の流れがユニークなために、内容はそれなりに興味深い。

 ここには6−7カ国のボランティアガイドさんがいる。ボランティアさん達はきちんと講習を受けており、その中でも特に日本人ガイドさんは驚く事に現在30名もいるという。
ガイドさんは、歴史の他にもそれにまつわる文化財の説明、館内の説明書にはない裏話的な物も話てくれるし、ちょっと質問をしたり、会話をしながら進むと、終わった時の満足度は何倍も違うと想像する。


というのは、私の場合は歴史に強い主人によるうるさいほどのレクチャーを受けながら見て回ったので、ガイドさんは頼まなかったが、よく考えてみると、独りで何の気なしに進むのは、素通りとまではいかないが、あまり頭の中にとどまらないような気がした。
きちんと英語とマレー語表記のある説明文を読みながらでも、観覧完了した後にあまり頭に残らない感じだ。

それが、相互コミュニケーションをしながら進むと、頭の中に濃くインプットされて、気持ち的には満足する。


入場料はRM2(マレーシア人)、と日本円で約50円、(外国人はRM5。超安く、嬉しいと言えば嬉しいのだが、ちょっと安すぎやしないか?
この値段を見るだけでもっとお粗末な印象になってしまうというものだ。
国の予算がまわらないのだったら、もうちょっと高くしてアップグレードのための資金にしてほしいものだ。


ローカル一般多数が自国の歴史にリスペクとしていないというか、関心がない人興味が湧かない、好奇心がないというのが多いのも事実、それはやはり裏を返せば教育の問題にある。

Saturday, November 26, 2016

A Baggage claim.



 今年の5月にインドに行っての帰り。


預け荷物のひとつが革のボストンバッグで、受け取った時に見事にハンドルの部分が切れていた。

ベルトコンベアからピックアップした後、即マレーシア航空バッゲージクレイムのカウンターへ向かい、クレイムフォームなるものに記入し、「1週間後くらいに修理のお店から電話がかかってきますから」ということだった。

 


ここはマレーシア。

修理場にこぎ着けるまで、なんやら、かんやらとあり、

結局、結論では「これはブランドバッグなので修理はできません。引き取りにきてください」ということに。

 

これで終わりなの?と疑問に思った私たち。

長年エアラインにいた彼はまだ多くの知り合いが空港で働いているので、その友達に相談をしてみた。


そうしたら、修理ができなかった場合は、新しいトランクをくれるとの事。

 

 

これはそのトランク。

どこからかのお流れなのだろうが、まあ使えそうじゃないか。

 

と、今回の「クレームを出して直せなかったカバンだった場合は、新しいのをくれる」という事が、特に公になっていない訳ではないが、大々的に言っている規定でもないということ。

 

もしこんな出来事があったら、新しいのくれますよ、っていう情報でした。



裏方には何処もかしこも修理予定のバッグが山積みになっていた。