Friday, August 10, 2018

誰しも年は、どんどんとる。



誰しも年は、どんどんとる。


「若ぶってる」のはいやなので、年相応に年をとりたいという気持ちはある。




私がファンになった頃のポール・ウェラーは27歳だったのに、今年はもう60歳だ。

ポールさんが27歳の時には私はもう少し年下で、27歳というのは随分「大人だなあ」に感じた。

でも今の私が27歳の人を見ると(聞くと)、27歳なんてまだまだ子供だ、って感じがする。


60歳のポールさんは、老けていない。

年相応に顔なんてシワが沢山あるのに老けていない。

年はとるし、若くはなくなるけど、老けない。

これっていいよなー。

何故かというと、「年など考えないで年齢に関係なくやりたい事をやっているから」だとおもう。




そして、こういう人達は、若いということが、そのまま価値だとも思っていない。



こういう風な年のとり方はいいなぁ。




外見について言うと、あんまり補おうとすることはかえって違和感みたいなものありますよね。


Friday, August 03, 2018

猫のツンデレとシンプルさ




これまで雄猫しか飼ったことなかった。


というのも、ここにフラフラ来るのは、盛りのついたオスばかり、もらうのもたまたま雄猫ばかりだったからだ。



今、オスメス両方と一緒に生活を共にするという初めての体験をしていて、感じた事ひとつ。



「オスもメスも基本人間の男、女と同じじゃ〜ん」
(人間の女の子育てたことがないけど、一般論というか、感覚としてね)

オスはなっつったって、一言で表すと「シンプル」。
猫ならではのマイペースさはあるものの、いつでもストレートな感情表現で、友好的な態度で積極的だ。

甘えたいと思ったらすぐに膝に乗ってきたり、直球アピールだ。


そしてとにかく好奇心が強く、そんな気分になったら、危険であろうがコントロールできないような、なりふりかまわずのアクションが、愛くるしい。

筋肉量も多く活発で、成長するにしたがってがっちりしてくる。



メスは、警戒心はもっと強いし、甘えてくることもあるけど、いつもじゃない。なんか遠くからジッと観察されていたり、遠くからアピール信号出してたり、計算高さが見え隠れしている。

人間の女子言葉を発したら、「ふん、なによ!」みたいな。

表面的にはツンツンとした敵対にも取れる態度を見せながら、何かのタイミングでその反対の甘ったれた態度に変わる。

時として母性本能も発揮する。

オスよりも静かな場所を確保して、一人ちょっと考えてみる時間と自身をお手入れする時間と清潔なスペースが欲しい、みたいな、オスと比べるとなんかストレートではない。




ともあれ、両性の性格を観察をするのはとても楽しい。

Sunday, July 29, 2018

心の優しいムスリムと時として不寛容な自分に混乱する頭の中





イスラム国家マレーシア。

中東に勉強と題して帰ってくる頃にはテロに染まってくる者、
人から間違ったイスラムを洗脳される者、

物事というものは、なんにつけ乱用される物で、ネガティブな要素は何処の国でもある。

ましてや過激派組織によるテロが世界各地で起き、イスラムのイメージを「テロばかりしている暴力的な宗教」「理解不可能」「厳しい宗教」といったイメージで捉えられてしまうのは仕方がないことかもしれない。


でも一方で、多くの人がイスラムに改宗している。
あの有名人が、あのミュージシャンが、とよく聞くではないか。
2050年には世界の3人に1人がムスリムになると予測されている。

そんな「負」ばかりの宗教なら、これほど信者が増え続けるわけがないだろう。



基本的にイスラムそのものの教えは「平和」で、穏やかだ。
道徳や規律が乏しかった大昔、それら教えを人間のモラルとして、そのルールに沿った生活をしていくというのは、もっとも自然だ。

そして、とりわけ人間愛的に言うと、「女性を大切にし、貧しい人、お年寄りなど弱者にとてもやさしい」宗教なので、とくに家族を大切にし、親には最も優しく、その土地に不慣れな旅人にも優しく、恵まれない人にも進んで助けたり、寄付をしたりする。
暖かく、緩やかだ。

もちろん、旅人に親切な人なら世界中のどこにでもいるだろう。
しかしイスラム圏は、親切な人の割合も、親切の度合いも、他とはくらべものにならない、見返りのない優しさが伝わってくる。
自分たちが持っているものを分けるだけなのに、自然体だ。


イスラム国でも実際暮らしてみると、もちろん
「これだからマレー人はさあ、、、」と愚痴の10は出る。

食事だったまとめて沢山作って、おおらかで、のほほんと構えているのを見ると、「こんないっぱい作ってさあ、残って捨てるようになっらたもったいないじゃん、なんでもっと計算して作んないのー?」とか、

クリニックでは先生はちゃんと患者を見てるんだか見て無いんだか、受付の3人の子たちたおしゃべりに夢中で、薬を待っているのに動こうとしない。

ゴミ焼却炉の鉄ドア注文を引き取りに行ったらまだできていないし、土曜日と言われて行ったらしまってるし、月曜日に行ったらまだ出来てないし、「土曜日閉めるなら何故電話一本よこさない?」と文句言ったところで何も出てこない。
エトセトラ、エトセトラ。。。

真剣に打ち込んでない、仕事にしろ何にしろ、無駄な時間をヘラヘラしているのが気に触ったり、ダラダラにイライラしたり。

虫の居所が悪い時なんかたまにそんな悪態をわざとつきたがる一方の自分もいたりして、能天気で悪気がない彼らを見て、自分自身で精神的に混乱をくりかえす。
  

その裏で、こんな優しさに出くわすとさらに頭が混乱する。

先日、小さなお店で買い物をしていた。
結果を言ってしまうと、レジでお金が足らなかった。
カンコンとエビ、テンペ、パンを買ったら数リンギ分、ちょうどパンの金額分が足らなくてパンを買わずに戻そうとした。
そうしたら、私の次に並んでいる男性がそのパンの代金分を支払ってくれたのだ。

見も知らぬ人にそんな親切にされて
思いは複雑。。。



イスラムの6行のうちに「ザカート(喜捨)」があり、1年に一回一定額を、「恵まれない人に寄付をする」というものがある。
うちの主人も熱心だ。
国のザカート基金では国民から預かったザカートを主に孤児院などに寄付をしている。イスラム教徒の教えでは義務となっており、困った人を助ける義務が常にある。
一方で、自分が裕福になるには、まずは人に与えるべしという「give & get」、貧しい人に差し出すことによって、社会に還流、ゆくゆくには自分にも倍になって戻ってくる事を信じている。

なにはともあれ、 

幼少時から大家族や近所の密接な関わり合いの中で、ギスギスしない人間関係の中で育つうち、「人といるのが楽しい」というあまり気遣いをしない、ゆるい感覚が形成されていくのかもしれない。



Sunday, July 22, 2018

縄文人や現代日本民族の形成過程が解き明かされつつある?







日本民族形成のイメージ、日本人のルーツを探る時にこれまで3つの仮説があったそうだ。

「小さな突然異変を起こした。」
「民族の入れ替わりがあった。」
「複数の人種が混ざった。」


このうち、DNAの解析から最近ではようやく 「複数の人種が混ざった。」ということが明らかにされつつあったという。




これまで、世界の古代人のゲノム解析が進んでいたものの、東南アジアから日本にかけての民族形成過程について調べた論文成果を見かける事はなかったらしい。

もちろん研究レベルの問題、技術的な理由もあったらしいが、高温多湿地帯のためDNAの変性が激しかったからだ。



今回の古代人ゲノム解析でそれぞれの関係が明らかになったのは記述をそのまま見ると、
「東南アジアの民族が、文化的に優位な民族が他の民族を征服し置き換えるのではなく、混血を繰り返しながら文化を共有していったことが明らかになったことだ。

すなわち、異なる民族間で、ある種の平和的融合を通して混血と定住が進み、各地域の民族が形成されたのが、東南アジアの特徴と言える。

事実それぞれのグループにはインドやパプアニューギニア民族からの遺伝子流入も見られることから、この融合範囲はかなり広い。

縄文人の遺伝子解析はこれまでも行われており、東アジア人とも、東南アジア人とも違った、まだわからないルーツがあるとされていた。

ラオス・マレーシアに移住してきたグループ1の末裔が東南アジアを経て日本に到達するまでに、その途上の民族とおそらく平和的に混血を繰り返して日本に到達したのが縄文人になる。

そしてこの縄文の遺伝子は私たちにも脈々と受け継がれている。伊川津縄文人からその後の3000年のうちに更に東アジア人と混血を繰り返して現代日本人が形成されたことになる。」ということだ。





東南アジアでも、歴史が始まると多くの争いが起こり、征服や支配が行われるようになる。

しかし、農業が始まる頃の定住と民族形成が征服ではなく融合が基本だったことは、東南アジアの精神性の重要な基盤となっているのかもしれない。





事実、 その後マレーシアでもマラッカ貿易時代という歴史的に大きな世界貿易の拠点になって何百年も多くの国(中国、インド、アラブ)が混じり合いながら、決して植民は行わずに(西洋人が入ってくるまでは)平和に商いをしていた。

そして多くの混血を残して多民族国家になった、というマレーシアの例で歴史を見ると、アジア系というのは、征服というのを避けて穏やかに生活をする性質がもともとあったんだろうなと想像をかき立てられる。





イメージ的には(表向きには?)単一民族だったと思っている日本人が、結局のところ「実は世界一多様な遺伝子が混じった民族であった」ということは、なんとも愉快な話だ。









Wednesday, July 18, 2018

読書感想「モンスター」




「モンスター」 東野圭吾

なんとなくではあるけど、おもしろかった。

500ページ近い大作で、
「整形しても別人の顔になっても、別人格にはなれない」
「男は結局、女の容姿(セックスアピール)に惹かれる」

が描かれる。


絶世の醜さで生まれてきて、呪いのように「美」を求め始める主人公の女性は、これでもか、と整形を繰り返す様はあっぱれで、そこからの描写は、面白いように軽快だ。
まずは二重まぶたの埋没法、次に鼻、インプラントで美しい歯を手に入れ、さらに目を直し、顎の骨を切り取る大手術(そのために和子は、噛む力が極端に弱ってしまう)……。他にも数え切れないほどの施術をしたおかげで、絶世の美女となる。
その美貌に、世の男たちは次々と虜になる。
しかし未帆は、かつて愛したクラスメイトの英介を忘れられない。やっぱり「英介」に愛されたい。38歳になり、そう願った未帆は大金をつぎ込んで、故郷にレストランを開く。店にやってくる男たちの中に、英介がいることを信じて。
既婚していた英介は、案の定絶世の美女へと変貌を遂げた未帆未帆に惹かれ求愛するが、「妻とは別れられない」と言う。不倫男性の定型句だ。10年以上、体を酷使してきた未帆にはもう、時間がなかった。美帆は「結婚してくれないなら、あなたとはもう会わない」と告げる。動揺した英介は怒りを露わにし、言い争いになる。そんな未帆を「くも膜下出血」が襲う。死を悟った未帆は、「私の、本当の名前は和子。和子でも好きでいてくれる?」と明かす。彼女は結局、整形で美人になっても、「別人」にはなれなかったのだ。元のままの「私」を愛して欲しかったのだ。が、英介は口先で「ああ、好きでいるよ」等と答えつつ、結局、和子を見捨てる。「なんだ、元はあのブス女だったのかよ……」という感じだろうか。くも膜下出血の未帆を「ほうって逃げた、最低の男」だったのだ。それでも「和子」は、英介に愛されたいとの願いが一瞬でも叶って、幸せそうに死んでいった。おしまい。


「1人の男に愛されたいがために整形し、風俗で体を酷使して死ぬが、本人は幸せだった女の話」
これは「悲劇」だろうか、それとも「喜劇」だろうか。
この読後感の悪さはなんなんだ!
ちょっと意地悪なエンタメ的ストーリー。